MMAというスポーツについて考えた10年前。
10年後の今、振り返るシリーズ第2弾です!
第1弾では、現在のスポーツにおける最重点課題である「スポーツウォッシング」について、MMAをとりまく現状への懸念を書かせていただきました。
第2弾はさらに視点をフォーカスして、日本MMAを取り巻く様々な課題と懸念について考え、10年後にどう繋げられるかについて書いていきます〜ノシ
#1 「MMAは選手を守れる」のか?…『SAFE MMA』の意欲的な取り組み
2023年7月末、今年の日本MMAにおいて最も大きく痛ましい事故…"CHAN-龍(チャンリュウ)"のニックネームをとった岩本龍弥(いわもと・りゅうや)が減量中に倒れ、亡くなられたという報せがありました…。
若く才能に満ちたプロスペクトであった岩本選手を、どうすれば悲劇から守れたのか。
どうすれば、岩本選手を「日本MMAというスポーツが守ってあげる」ことができたのでしょうか?
2016年4月、アイルランドMMA大会において、ジョアオン・カルヴァーリョが試合後に倒れ、亡くなられた…という大きな事故が起きています。
裁判の末、当時のアイルランドのMMAプロモーター17組織に対し、「臨床に基づく強化された安全基準を守る」べきであると、スポーツ大臣による事実上の改善指示が出されました。
アイルランドMMAは件の実現のため、隣国イギリスMMAに協力を求めます。
イギリスMMAでは、2012年10月から意欲的な「MMAが選手を守る」試みがされていました。
それが『SAFE MMA(セーフMMA)』という慈善のMMA医療組織による、政府機関に頼らないプロモーター主導による自主的な医療検査&安全規制でMMA選手の健康を守るための取り組みです。
実は、イギリスにおいてMMAは『規制されたエンターテインメント』にカテゴライズされていた為、スポーツとしての安全保障を受けられずにいる課題がありました。
そのような背景を受け、「CAGE WARRIORS」「BAMMA」「UCMMA」らイギリス大手MMAプロモーションたちが集い、医師達と協力して「自主的にプロモーターが統一した医療プロトコルによる安全規制に取り組む」ことで生まれたのが『SAFE MMA』という組織でした。
アイルランドMMAもまた『SAFE MMA』に加盟し、現在では同国で開催される『BELLATOR』や『PFL』、『KSW』等の海外MMAプロモーションにおいても、同組織の安全規制が広く受け入れられ、守られる体制がとられています。
『SAFE MMA』は法的な拘束力を持たず、当然すべてを守り切ることも出来ません。
『UFC』は自発的なMMA規制をとり『SAFE MMA』を介していないことからも分かる通り、それは万能の存在ではありません。
しかし、米州アスレチックコミッションのように法による規制の無い国において、「プロモーターが外部組織と協力し合い、自主的にルールを作り規制する」という試みはMMAにおいて非常に先進的であると感じます。
フランスMMAでは長年禁止された苦難の末に、2020年1月に仏ボクシングのアスレチックコミッションに加盟する形でMMAが解禁されました。
フランスMMAは規制された活動として解禁を許され、そのため「MMAプロモーターのための規制」がはじめから義務付けられています。
禁止されていたからこそ、苦難あればこそ「MMAが選手を守る力」を有すことができた。
苦しみを肯定することはできませんが、フランスMMA実現のために戦った人たちの努力の結晶であることは疑いありません。
日本MMAでは、歴史の長さも相まって日本MMAプロモーターおよび関係者を統括した「MMAが選手を守る力」…強化された医療プロトコルに基づく安全規制を行うことが難しくなってしまっているのではないでしょうか。
MMAというスポーツの競技レベルは、日々進化しています。
それは、MMA選手が遭う危険もまた、日々進化してしまっていることを意味します。
「MMAというスポーツが選手を守る」ためには、日本でもMMAプロモーターおよび関係者の別個の判断だけに依らない、臨床された医療プロトコルに基づく共通の指針をもって規制することにより、選手個人が負うリスクを分散させ、同時にプロモーターや関係者個人が負う判断と責任によるリスクも分散させること、延いてはMMAという競技&組織にかかる全体のリスクをも分散させる「日本MMAを守る」取り組みが必要になってくるのではないか…と感じています。
#2 アンチドーピング、ペナルティフィー…「罰」はルールを前提に存在する
選手の安全を守るために、日本MMAが共通して直面している課題は様々です。
そのうちの一つは、「アンチドーピング」に関する課題です。
日本MMAにおいて、アンチドーピングは統一した規制の下では行われていません。
必要な経費を個別に負担しなければならず、プロモーター側の裁量で特定の選手のみ検査が行われる等、アンチドーピングに偏りが生じて公平性を確保することが難しくなっていると感じます。
また、陽性反応が出た際に課される公表や罰則の規則についても、統一された基準は持てず、ケースバイケースの罰則にならざるを得ない状況がみられます。
日本MMAのアンチドーピングは、未だ試行錯誤の中にあるのではないでしょうか。
もう一つは、選手が罰則をした際の「ペナルティフィー(罰則金)」への課題です。
日本MMAにおいて、公開されたルールにはペナルティフィーの具体的な割合は示されておらず、プロモーションの個別の判断に委ねられています。
ペナルティフィーの統一された規制が無いことは、報酬と罰則との釣り合いが取れなくなるリスクを含んでいますし、契約を巡る摩擦が起きる可能性も強くなります。
日本MMAプロモーションの多くは、選手の生活を保障できる報酬を払えてはいないのが、残念ながら現状であると思います。
プロモーターや選手、MMAにとってペナルティフィーの統一された「釣り合い」を目指すことも、MMAの発展のために必要なセーフティーとなり得るのではないでしょうか。
アンチドーピングとペナルティフィー…日本MMAの課題は二つだけでは無いのですけれども、共通するポイントは一つです。
それは、「罰とは、事前にルールが明文化され、公表され、施行されている前提に存在している」ということです。
そして、「釣り合い」のとれた共通認識の下でルールが施行されてこそ、選手を罰から守れるということも、同時に考えられると思います。
必要経費の負担、ケースバイケースの試行錯誤、摩擦の起こりやすい個別の裁量…
これらの課題に対して、日本MMAプロモーターに統一されたルールを作り、それを施行できる機関が設けられることによって、プロモーターと選手が共にリスクを減らしていける可能性があると感じています。
当然、完璧にすべてが揃うことは難しいと思います。
上述したイギリスの『SAFE MMA』においても、アンチドーピングの完全な実現には至れていませんし、アスレチックコミッションの無い国においては限界があるのが実情なのだ思います。
故に、完璧な理想よりも、公表され統一された「釣り合い」のとれた規制がプロモーターの全体意識として生まれること、それがMMAを後世に守っていく上でとても大事なことなのではないかと感じています!
#3 おわりに
日本MMA選手には、試合へ向かうための様々なルールが課せられています。
ルールを守るということは、リスクを同時に背負っている、ということです。
選手のリスクを「MMAというスポーツ」自身が分散し、少しずつ持ってあげるという姿勢は、今後の発展に必要になってくると感じています。
残念ながら、MMAスポーツに携わる「プロモーター」「選手」「メディア」「ファン」の四分類のなかで、ファンが出来うることは最も少なく、最もリスクも持てません。
前回の「スポーツウォッシング」の記事でも述べた通り、最もリスクを背負えない立場であることから、MMAを取り巻く諸問題を徒に語るようなことはしてきませんでした。
今回は特別に、10年前からMMAを振り返ったシリーズとして、素直な想いを書いてみたいと思いました✨
MMAは急速に進化を遂げたスポーツであり、同時に若く、弱いスポーツでもあります。
10年前から、それは依然として変わりません。
だからこそ、MMA選手には新しいものを生み出せるパワーを常に感じていますし、そのパワーこそが諸課題を解決する一番の力を生み出してくれると思っています。
MMA選手たちと、MMAというスポーツを守る…『SAFE MMA』の歩みを10年後に押し進めるべき、さらに熱く観守っていきたいと感じています!!🔥