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ミックスドマーシャルアーツ(MMA)という格闘スポーツについて、コラムや試合レビューを書いています。

【日本MMA前史】VT伝来前の近代日本「総合格闘」ルール 4つのお気に入りルールを紹介!【1986年~1994年頃】

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『ミックスドマーシャルアーツ/MMA』が現在のようなMMA統一ルールの下で行われるようになったのが、2000年~2001年頃からになります。

MMAが形を持つ以前、1993年に『UFC/アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ』が始まることで普及した『VT/ヴァーリトゥード』という「ルール無しという名のルール」が大きな転換期となったことは広く知られています。

近代日本においては、「総合格闘技」という言葉はVTが普及する以前から用いられていました。世界中においても「MMA」という形ができる以前から、「ルールを極限まで減らした格闘」は模索し続けてられており…それぞれの分野のなかで試行錯誤を繰り返してきました。

 

近代日本における「総合格闘技」の模索は、おおまかに二つのルーツによって行われてきました。

一つは「フルコンタクト空手」、もう一つは「シュートレスリング」です。

自らの「格闘能力の全開放」と「最高峰の実践型格闘スタイル」を志した二つのルーツからは、様々な試行錯誤によって枝分かれした分派によって数多くの「総合格闘」ルールが生まれていきました。

それらは1994年の『VTJ』開催によって、VTそしてMMAという一つの形へと収束していくことになりますが…当時のルールの独自性や先見性、まだ未来が確定していないが故の自由な発想にはとても魅力を感じますね~。

今回は1994年以前に存在した総合格闘プロモーションor大会から、お気に入りの4つのルールを紹介してみます。

これらの「総合格闘」ルールは流動的に試行錯誤が繰り返され、大会ごとにすら改良が加えられている為、ひとつに絞ることは難しいのですが…特に魅力的に感じるエッセンスを採り上げています。

 

 

#1 シューティング(修斗/Shooto)

 

『シューティング(Shooting)』は1986年からアマチュア大会として始まり、1989年にプロフェッショナル大会として初開催された総合格闘プロモーションです。この公称は主に1990年中期まで使用され、以降は競技名である修斗(しゅうと)』がプロモーション名でも使われるようになっていきました。

 

本プロモーションを主催する修斗協会(しゅうときょうかい)』は1987年に創立され1988年に再組織化された、総合格闘スポーツ『修斗(しゅうと、Shooto)』の運営母体です。『修斗協会』は後に独自のコミッションと各階級のランキング制度を設け、現在の『(法)日本修斗協会(にほんしゅうときょうかい、JSA)』の前身となりました。

 

修斗創始者佐山聡(さやま さとる)は、1984年12月5日、シュートレスリング大会『UWFユニバーサル・レスリング・フェデレーション)』において、従来の「3カウント式フォール」から「10カウント式ノックダウン&絞めや関節等によるギブアップ」を決着とする『シューティング・ルール』を提唱、自ら新ルールで藤原喜明との試合を行いました。

 

佐山は1985年に『UWF』を離れると、自身の提唱した『シューティング・ルール』を更に実践的な格闘スポーツへと昇華させた『修斗』を創立、修斗ルールの実戦の舞台として『シューティング』大会を開催していきました。

 

階級:ヘビー級~フェザー級の7階級

試合時間:3分×3ラウンド(王座戦は5ラウンド)

服装:シューティング・グローブ(MMAグローブ)を着用。

   キックプロテクター(レガース)を着用。滑り止めにロングスパッツ等を着用。

決着:KO(10秒以上のダウン)

   一本勝ち(ギブアップ、テクニカル・サブミッション/レフェリーストップ)

配点:1ラウンド中に10秒以内のダウンが3回あった場合、KOとする。

    ※ダウンの後は、立ち技に戻って試合が再開される。

判定:ジャッジ3名による、1ラウンド10点減点式のトータル判定。

立ち技:ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

     ※肘打ち、関節蹴り、ジャンピングニードロップ等。

投げ技:ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

     ※頭部や頸部へダメージを与える投げ技。

寝技: ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

     ※頭部へのパウンド等の打撃技。

    当初は投げ技の完成度で寝技の制限時間が決められていた。(リミットタイム)

    後にレフェリーが膠着時に立ち技へ戻すルールへ変更。(グランドリミット)

その他反則:頭突き、金的、目突き、頸椎への攻撃は禁止。

 

シューティングのルールは近代の総合格闘ルールとして極めて先駆的であり、現在のMMAルールにおいて定着した形式の多くを先んじて採り入れていました。選手の手足を守る「グローブとレガース」の着用は勿論のこと、当初の構想ではダウンカウント無しでそのまま追撃が許可され、円形でロープ外に寝技ゾーンを設けた八角形リング(シューティング・リング)を採用していたこと等、「試合の流れを展開によって途切れさせない」というMMAの根幹となる要素を形にしようとした着想の鋭さを感じさせてくれます。

 

その後、シューティングは1994年に『VTJ』第一大会を開催します。この大会は、日本における近代VT(ヴァーリトゥード、制限無しの試合ルール)の本格的な伝来となりました。

シューティングは伝統的な修斗ルールを「ゼネラルスタイル・ルール」として残しつつも、1994年の『VTJ』前後より修斗版のVTルール(ダウンカウントあり、パウンド解禁、寝技無制限)を導入した「フリースタイル・ルール」も試験的に行うようになっていきます。

シューティングは1994年から1996年初頭までの2年間、「ヴァーリトゥード」の名を冠したルールの試験運用期間を経ることで、「フリースタイル・ルール」を基盤とした新しい「修斗」ルールへ以降を行いました。その後2009年にはダウンカウントが廃止され、現在のMMAルールへと以降していきました。

 

#2 パンクラスPancrase

 

パンクラスPancrase)』は1993年8月のプレ大会から始まり、1993年9月に初開催されたシュートレスリング団体、および総合格闘プロモーションです。

 

本大会を運営する『(株)ワールド・パンクラス・クリエイト/WPC』は、1993年に東京都に創立された、シュートレスリングパンクラス』の運営母体です。『WPC』は無差別級王者「キング・オブ・パンクラス」を筆頭とするランキング制度を導入し、2008年に母体組織が移るまでの10数年間、パンクラス黎明期の運営を行いました。

 

パンクラス』の創始者の代表格、船木優治/誠勝(ふなき まさはる/まさかつ)は、シュートレスリング大会『PWFG(プロフェッショナル・レスリング藤原組)』所属時代からモーリス・スミス等の立ち技選手達との『異種格闘』ルールの試合を経験し、より実践性を高めたシュートレスリングの実現へ意欲を高めていきます。

 

『PWFG』解散後、船木は鈴木実(すずき みのる)ほか数名のシュートレスリング選手達と共に、様々な格闘技術を採り入れて進化していく「ハイブリッド・レスリング」を提唱します。1993年に創立した『パンクラス』は、従来のシュートレスリングにおける「ロストポイント制」を踏襲、「10カウントKO、絞め関節による一本」を決着とした総合格闘ルールの試合を行うことで、シュートレスリング選手が秘めた格闘能力の全開放と、実戦における更なる進化を目指しました。

 

階級:無差別級

試合時間:10分~30分×1ラウンド(10分のみ延長3分の「サドンデス」あり)

服装:手の防具なし、足はレガース&シューズを着用。

決着:KO(10秒以上のダウン)、一本勝ち(ギブアップ、レフェリーストップ)

配点:5ロストポイント…相手の5つの持ち点(ポイント)を消費させると勝利となる。

   ロストポイント消費の対象となるのは以下の二つ。

   「ダウン(10秒以内の場合)」

   「エスケープ(ロープを身体や手足で触り、攻撃から脱出する行為のこと)」

    ※ダウン&エスケープ共に、立ち技に戻って試合が再開される。

    ※ダウン&エスケープは等しく1点ずつの消費され、同一に加算される。

判定:ジャッジ3名による、テクニカルポイント(30点)減点式のトータル判定。

   テクニカルポイントは以下の3つの要素で、各10点ずつ配点される。

   「スタンドアタック(立ち技でのKO以外の攻撃)」

   「スタンドレスリング(立ち技での絞め関節以外の組み技)」

   「グラウンドレスリング(寝技での絞め関節以外の組み技)」

    ※3つのポイントを合計した30点満点として、減点式の判定が行われる。

立ち技:ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

     頭部への掌底打ち&張り手以外のすべての打撃。

     肘打ちも全面的に禁止。

組み技:ほぼ全ての技が許可される。

寝技: ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

     頭部への掌底打ち&貼り手以外のすべての打撃。

     1995年6月より、ヒールフックが全面的に禁止された。

その他の反則:頭突き、金的、目突き、頸椎への攻撃は禁止。

 

パンクラスは最もシュートレスリングのクラシックな魅力を残したまま総合格闘の試合を行ったプロモーションの一つでしょう。「ロープを触ることで打撃や絞め関節がキャンセルされる」というエスケープの概念は、シュートレスリングの大きな特徴であり現在のMMAでは観られないものです。ある意味ではロープで総合格闘ルールの試合をするということおいて説得力を持ったルールであるとも感じます。

 

パンクラスは1994年のVT伝来以降もシュートレスリングを基盤にしたクラシックなルール&唯一の無差別級ランキングで大会を運営していきましたが、1998年末についにVTルールの「ノールール・マッチ/パンクラチオン・マッチ」で試験的に「MMAグローブ着用&パウンド解禁」の試合が行われるようになります。(当時は頭突きと肘打ちも解禁されていました。)

そして、1999年をもってシュートレスリングを基盤にしたルールから、「パンクラチオンマッチ」のルールを踏襲した総合格闘ルール(MMAグローブ着用、パウンドあり)への全面的な移行が行われます。2000年9月には階級制のランキング・トーナメントも開催され、現在のMMAプロモーションへと移り変わっていきました。

 

#3 全日本格闘技選手権大会/武人杯(真武館)

 

『全日本格闘技選手権大会(ぜんにほん かくとうぎ せんしゅけんたいかい)』は、1986年に空手のトーナメントとして初開催され、後にルール変更によって総合格闘トーナメントとして開催されるようになった大会です。

 

本大会の主催である『真武館(しんぶかん)』は、1976年に福岡県で創立され、九州を本拠とする空手をルーツとする総合格闘空手道場です。

真武館の創立者である本川廣(ほんかわ ひろし)は、1986年からフルコンタクト(直接打撃)空手の大会として開催されていた『全日本格闘技選手権大会』に大規模なルール変更を行い、第3回大会(1988年)から新ルールの大会を開催しました。

 

真武館の新ルールは従来のフルコンタクト空手に加えて、「頭部への掌底打ち」「投げ技、寝技での極め技」を解禁するという総合格闘ルールでした。

 

階級:   重量級(+240)、中量級(-240)、軽量級(-230)の3階級

       ※()の数字は「身長/cm」「体重/kg」の合計を表している。

試合時間: 3分×1ラウンド(延長3分)

服装:   道着を着用(下半身の道着の有無は自由)。手足の防具なし。

      準決勝からはオープンフィンガー・グローブの着用が解禁。

決着:   一本(5秒以上のダウン、または2回の有効)

配点:   有効(5秒以内のダウン、相手の背中をつけた投げ×2、絞め&関節技)

立ち技:  ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

       頭部への掌底打ち以外のすべての打撃技。

       ※ただし準決勝からは肘打ちが解禁される。

投げ技:  ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

       頭部や頸部へダメージを与える投げ技(パイルドライバー等)は禁止。

寝技:   ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

       頭部へのパウンド等の打撃技。

        ※ただし頭部でも掌底打ちのパウンド、膝蹴りが許可される。

       気道を潰す絞め、ヒールフック、頸椎へダメージを与える技は禁止。

      時間制限あり。(1ラウンド中、25秒間の寝技が2回のみ許可)

その他反則:頭突き、金的、目突きは禁止。

 

真武館のトーナメントはシューティング(修斗)と同時期に初開催され、フルコンタクト空手を基盤として実践性を大きく高めた先駆的な総合格闘ルールで行われました。そのルールは寝技の制限があるもののVTにも近く、現代のMMAにも無い独自のハードさを持っていると感じます。

特に驚かされるのが、「試合中に2度ギブアップさせなければ絞め関節の「一本」勝ちにならない」というかなりハードなルールです。このルールによって、真武館の試合では一度絞め関節技でダメージを受けた選手が、そのダメージのまま試合を続行するといったシーンが観られます。現代のMMAから観ても、この点は特にハードなルールであると感じますね~;;

 

『全日本格闘技選手権大会』は真武館の門下生をはじめとし、当時の大道塾空手やシューティング(修斗)、他にも多くの総合格闘を旨とする武術から広く選手を招聘した大会でした。

重・中・軽の3階級で行われた本大会は年に1度の開催が継続され、1995年になると無差別級のトーナメントである武人杯(ぶじんはい)も、本大会に加えて新たに開催されるようになります。2003年からは従来の掌底打ちのみならず、決勝戦にて素手でのパンチ(正拳突き)が解禁される(準決勝まではMMAグローブ着用)など、真武館ならではの独自の進化を続けました。

 

2009年からは『全九州格闘空手選手権大会』と名を変え、現在は絞め&関節技が禁止される等、真武館トーナメントも時代によって少しずつ変化しています。一方で頭突きが解禁される(ヘッドガードを着用)など、真武館は現在も独自の総合格闘空手の道を進んでいると感じます!

 

#4 ザ・トーナメント・オブ・J(和術慧舟會

 

『ザ・トーナメント・オブ・J(ジェイ)』は1994年に初開催され、1997年まで4年間開催された無差別級の総合格闘トーナメントです。

 

本大会の主催である『空手格斗術慧舟会(からて かくとじゅつ けいしゅうかい)』は、1987年に長崎県で創立され、後に和術慧舟會(わじゅつ けいしゅうかい)』へと改名した柔道や大道塾空手等をルーツとする総合武術道場です。

慧舟會創始者である西良典(にし よしのり)は、極真空手をベースに「頭部への打撃&投げ技」解禁のルールを実践していた「格闘空手」大道塾空手のトーナメント『北斗旗』に優勝した後、1994年に帰郷した長崎で自身の経験を下にした総合武術ルールの新トーナメント大会を開催しました。

 

階級:   無差別級

試合時間: 1994年  4分×2ラウンド(延長3分)

      1995年~ 5分×1ラウンド(延長3分×2)

服装:   道着を着用(下半身の道着の有無は自由)。手足の防具なし。

      1995年以降はオープンフィンガー・グローブを着用。

決着:   一本(5秒以上のダウン、極め技等によるギブアップ)

配点:   1994年  技あり(4秒以内のダウン、一本勝ち相当の投げ、場外へ出る)

      1995年  技あり(4秒以内のダウン)

立ち技:  ほぼ全ての技が許可される。

投げ技:  ほぼ全ての技が許可される。

寝技:   ほぼ全ての技が許可されるが、以下の技は禁止。

       頭部へのパウンドと踏み付け。

      制限時間なし。 ※ただし、膠着が長い場合は立ち技へと戻される。

その他反則:頭突き、金的、目突きは禁止。

 

本トーナメント名の「J」には、「Japan(ジャパン/日本)」「Jacket(ジャケット/道着)」「Jiu-jitsu(ジュウジュツ/柔術)」の3つの意味が込められています。

第1回大会はちょうど『VTJ』の数カ月前、日本にVTが伝来するまさに直前というタイミングでした。「頭部攻撃の解禁、防具無しの徒手空拳」という第1回大会のルールは、主催者による日本初の新たな「柔術」としての意欲的な試みを特に感じるものとなっています。

 

1994年の『ザ・トーナメント・オブ・J』初大会で優勝した西は、その年に『VTJ』第一回トーナメントに出場。西はヒクソン・グレイシーと日本のVTルールで初めて相まみえた日本人選手となりました。

『ザ・トーナメントオブ・J』は1994~7年という4大会を以て終了します。和術慧舟會はその後、『WKネットワーク』として東京を中心に選手を育成、同時に『GCM(グレイテスト・コモン・マルチプル)コミュニケーション』を創立し、日本のケージMMAプロモーションの先駆けとなるCage Force/ケージフォース』『Valkyrie/ヴァルキリー』を開催しました。

その後『Cage Force』『Valkyrie』は活動を休止、和術慧舟會MMAプロモーションとしての大きな活動は終了しましたが、和術慧舟會は今も若きMMA選手達の大きな育成の柱となっています。

和術慧舟會の長崎本部では現在も地域に根差した格闘大会『Glove All Fight/グローブ・オール・ファイト』が開催されています。同大会はキックボクシングを中心にした多種ルールの格闘大会で、昨年11月の大会ではメインイベントには西の息子、西麟太郎選手も出場しました。これからも九州に根差した格闘大会を開催していって欲しいです!

 

おわりに

以上、今回はVT伝来以前の4つの「総合格闘」ルールをざっくりとですが紹介してみました~

これら4つの「総合格闘」ルールは、現在のMMA統一ルールに直接的に繋がっているという訳ではありません。

しかし、これらの試行錯誤が生んだ多くの選手たちの努力が、その後のVTおよびMMAの発展の中で少なからず影響を与えてきたことは間違いないでしょう。

 

歴史というのは資料の少ない世界であり、どこまでいっても確定できないものです。

ただし、その枝を拾い繋げていくことで、現代に繋がるいくつかの道筋が見えてくることもあると感じます。

大切なのは、歴史を確定させることではなく、歴史の枝を繋げ合わせて思考を繰り返し、自身の持つ理解度を更に深めていくことそのものです。

先人の功績を並べて価値を批評するのではなく、先人と現在(自分自身)との枝を繋げて一本の木として捉えていく、そのことが大切なのだなぁ…としみじみ感じています。

 

同時に、これら前史のそれぞれの総合格闘の世界…日本MMA前史にあった可能性がもし途絶えることなく発展していたら…というIFの未来も、想像したりもしてしまうのでした。

いつだってMMAは未来を観ていたいですけれども、過去を大事にしていくことも未来への発見に繋がる面白い一手であるのかな~、と思って書いてみました!

いろいろと観たい試合が、まだまだ古今東西にたくさんありますね~✨